守弥@茶禍除猫様の「なりチャ入門」を原版奥付に基づき、wiki向けに最低限の体裁だけを整え直して転載しております。なりきりチャットを愛するすべての人へ。

オンラインTRPGや原始的ななりチャは、WWWが普及する以前から、IRCやパソコン通信のリアルタイム会議室を利用して行われていました。またネットワークRPGの起源も古く、1989年10月に試験運用が開始された富士通Habitatは、仮想世界のアバターを操作し、仮想通貨を使用し、他の参加者とチャットする機能を備えていました。

WWWが発展しCGIチャットが登場すると、アニメや漫画などの版権作品のファンサイトに、またTRPGやPBeMサイトに、キャラクターを演じて会話するためのチャットが置かれました。サブコンテンツであったチャットが活動の中心となる例も少なくなく、次第にそれをメインに据えるサイトが増えて行きました。一般のチャットサイトやアダルトサイトに、役を決めてチャットするコーナーが設けられ、それが分離独立することもありました。こうして「なりきり」のためのチャットサイトが数多く誕生しました。

アダルトサイトから派生したイメチャは、他のアダルトサイトとの相互リンクなどで参加者を集めました。その他のサイトや一部のイメチャは、検索サイト・リンク集・ウェブリング(WebRing Japan 1998年9月1日 - 2007年4月30日)等の宣伝サイトに登録して参加者を集めました。PBeM系、なりきり系、ゲーム系、ファンサイト系、ファンタジー系、ボーイズラブ系の宣伝サイトが利用されました。以下は初期の代表的な宣伝サイトです。
  • 『漫画・アニメ・CG・小説・ゲーム・MIDI関連HPの専門検索サイト』Surfersparadise(1996年5月30日 - )
  • TRPG.NET内のPBM/PBeM宣伝用掲示板(1997年5月28日 - )
  • 00Junction(1998年 - 2003年5月)
  • PBeM ring(1998年 - 2007年4月30日)
  • ナリ茶WebRing(1999年 - 2005年3月)
PBeM ringは『メールゲームだけでなく、チャットや掲示板を使った、会話によるコミュニケーションが中心となるゲーム全般』を対象とし、事実上オリチャに過ぎない自称PBeMサイトの登録も認めていました。しかし版権チャの登録は受け付けませんでした。一方でナリ茶WebRingには、オリチャも版権チャも加入することができました。

参加者の数を増やすため、オリチャの多くはPBeM系の宣伝サイトとナリ茶WebRingの両方に登録しました。オリチャには主に、PBeMを祖先とするものと、ボーイズラブ系の版権チャを祖先とするものがありましたが、共通の宣伝サイトを介して人の移動と文化の混合が進み、同化しました。2000年頃から「PBeM」に代わって「PBC」という名称が普及し、オリチャ文化圏では「なりチャ」と「PBC」は同じものとして認識されるようになりました。強いて言えば「PBC」の方が本格的な様式を備えているイメージがありました。

オリチャはPBeMから運営のノウハウを引き継ぎ、またTRPGに由来する「GM」「PC」「ロールプレイ」などの用語を採り入れました。次第にその様式は本格化・厳格化し、完なりや描写が標準的になりました。

オリチャでは、複数のチャットを用意して「教室」「食堂」などと場所設定を割り当てることが多く、マルチルーム型のチャットが好まれました。1997年11月に公開されたZooChatは機能が豊富で人気を集め、オリチャで最も利用されたチャットスクリプトの一つとなりました。

なりチャで括弧内に描写を記述するようになったのは、90年代終盤以降です。オンラインTRPGなどでPCの行動を宣言する必要から描写が発達したとする意見もあれば、顔文字や「(笑)」などの括弧内略字が多様化し文字数が増えて行ったとする意見もあります。なりチャは複数のルーツを持つため、どちらの説もある程度正しいと言えるでしょう。

オリチャとは対照的に、版権チャでは昔ながらの描写のない半なりも栄え続けました。「半なり」「完なり」という用語は、スタイルを区別する必要から2003年後半に版権チャで広まりました。それ以前には、半なりを「なりきりチャット」、完なりを「PBC」とする版権チャもありました。版権チャの多くは少人数で、厳格な規律を必要としませんでした。またファンサイトの性格が色濃く残り、ライトな参加者が高い割合を占めます。オリチャの用語や様式をある程度取り入れながらも、文化的に融合することはありませんでした。

オリチャの様式が重量化するに従い版権チャとの差異は拡大し、宣伝など様々な場でオリチャと版権チャを分離する傾向が進みました。2004年頃からのオリチャ人口減少の一因は、ハードルが高くなったことだと言われています。オリチャ参加者の相当数にとって、なりチャを始めるきっかけは版権チャでした。

2003年になると携帯電話の世帯普及率が9割を超え、携帯向けなりきりサイトが躍進しました。その多くは版権チャを祖先とします。版権チャはサイトが軽量で、文字数の限られた携帯に適していました。従来のオリチャとは異なる、版権チャ文化圏に属するオリチャも目立つようになりました。

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